「いのちの舞い降りる瞬間をひたすら待つ」
私は大学を卒業して初めて勤めた豊科高校で、何が何だかわからぬまま演劇部の顧問になりました。最初は副顧問でしたが、やがて正顧問となり、舞台づくりにのめりこんでいきます。
豊高演劇部でたくさんの素晴らしい生徒たちと出会いました。
そのなかで、やがて美術の創作に夢中になっていった人もいます。石に「いのち」を描く独自の作風を確立している浜昼顔さんです。
Facebookで彼女の作品を見て「大したものだ」と感心して、あるミュージアムで実際の作品を見て深く心を動かされました。それは、丸いすべすべの石にとまって羽を休めている蝶々(多分ミヤマカラスアゲハ)の絵でした。超微細に描きこまれた蝶々の「いのち」は、作家が何日も何日もただひたすらに「いのち」を描き続けたことを、私に想像させました。
浜昼顔さんに「買いたい」と懇願して、蝶々の絵画を入手しました。
先週から校長室の大きなテーブルのまんなかに飾っています。来室者の多くが、本物の蝶々だと思って一瞬驚き、感心して蝶々を見つめています。
高校時代の浜昼顔さんと一緒に創った舞台は、噂の「青木さんちの奥さん」を若者たちが必死に待つというただそれだけの演劇でした。ひたすら待つ。でも奥さんは最後まで来ないのです。ベケットの「ゴドー」の青春版ですね。
私は蝶々の作品を見ては、「いのち」が舞い降りることをひたすら待って、絵筆を動かしている浜昼顔さんのことを思い浮かべ、前に進む勇気をもらっています。