「暴力の満ち溢れる世界に身を置いて」
松本深志高校時代に私の世界史講座の生徒であり、現在は東京大学でフランス哲学を研究されている藤岡俊博さんが、新著を出版されました。
伊達聖伸・藤岡俊博編『「暴力」から読み解く現代世界』(東京大学出版会)です。
藤岡さんによる巻頭論文「いま『暴力』を考えるために」が、暴力の定義、これまでの暴力論、暴力を見つめるときの視点について、手際よく、そして鋭角的に論じられています。ベンヤミンの法措定的暴力と法維持的暴力という視点に、自己防衛の権利としての暴力とか構造的暴力という視点を交錯させることで、藤岡さんは「暴力」論を深く掘り下げていきます。
続く各論では、フランスの政教分離、ウクライナ戦争、ミャンマーの国軍、在日朝鮮人差別、アメリカのBLMなど、最もホットなテーマがたてられています。
今回も藤岡さんからたくさんのことを学ばせていただきました。
私は、これまでの歴史教育では、暴力そのものの分析が回避されてきたことに大きな問題意識をもってきました。「暴力はいけない」「戦争はいけない」という平和教育が表面的なものにとどまると、石川啄木のいう「揮発性の言葉」のようになって、なぜ人類の歴史の中にかくも可視的・不可視的に暴力が満ち溢れてきたのか、そしてその暴力に対抗するにはどのような抵抗が可能なのかということを深く考える機会を失ってきたように思います。
一方でフランス革命のような遠い世界の革命行為は賛美しつつ、打ちこわしや米騒動、安保闘争のような近い世界の民衆騒擾には同情と危険視のアンビバレンツなまなざしを向けるといった、情緒的な暴力への対峙の仕方が繰り返されてきたように思います。
改めて藤岡さんたちの研究成果を歴史教育にどのように摂取していくかを、私自身の課題として考えていきたいと決意しています。