「まず書物を買う」

蘇南高等学校長

2023年02月03日 17:01

 戦前の旧読書村(現在の南木曽町)に生まれ、早稲田大学卒業後、パリ大学に学び、人々が平等に生きる理想を求めてソ連に渡り、独裁者スターリンの粛清にまきこまれた人物がいます。
 その人の名は、勝野金政。強制労働の日々を生き抜き、帰国後は参謀本部の仕事をしていましたが、終戦直前に南木曽に疎開し、終生この地で暮らしました。

 私は、大学生だった1987年、崩壊直前のソ連に滞在したことがあります。国際労働運動の歴史を研究していた恩師(西川正雄先生)の影響もあり、教員になってからも、スターリンに粛清された日本人のことを調べてきました。そしてそのなかの一人に勝野金政さんがいました。
 蘇南高校の校長になり、勝野さんのご家族の何人かと知り合うことができ、今は古本屋でも入手できない何冊かの著書を読んでいます。

 戦前に出版された『赤露脱出記』(日本評論社、1934年)は小説の形をとりながら、強制労働に必死で耐えた日々を告白しています。
 私が心をとてもうたれた一節は、収容所からようやく釈放された主人公が、最初にやったことを描写したくだりです。まずやりたかったこと――それは、古本屋に入ることでした。そして、ロシア語・フランス語辞典を二束三文の値段で買ったのです。その辞書について勝野さんはこう書いています。

  「初めて求めた友のように懐かしく力強かった」

 勝野さんはすでに亡くなられているのですが、もしお会いする機会があったのならば、私はこのくだりを読んだ感動をお伝えしたことでしょう。
 今年の卒業式の式辞は、勝野さんの書き残したものと対話をしながら組み立てる予定です。