「妻籠小学校の特別公開」

Posted by 蘇南高等学校長. 2020年08月30日07:14
 8月29日(土)は、豪雨の臨時休校による授業の遅れを取り戻すための登校日でした。猛暑の中、生徒は元気に学んでいます。
 実は、本校から車で10分ほどのところにある妻籠宿の高台にある妻籠小学校が、取り壊されることにともない、1日だけ地元住民に特別公開されました。私も中に入るのは初めてです。

 すでに中は片付けられてがらんとした雰囲気なのですが、それでも木の温もりの感じられる廊下を歩くと、教室から昔ここで学んでいた子どもたちの笑い声が聞こえてきそうです。校長室には少し本が誇りをかぶって残されており、それが島崎藤村集なので趣が深まります。

 自分が小学校に入ったときも、こうした木造校舎だった。当時は暗くて陰気な雰囲気しか感じなくて、小学校になじめない自分がいた、と昔の記憶が妙に鮮明に戻ってきたりしました。

 実は、妻籠小学校は、旧制中学校の校舎とコンクリート建造物で接合しています。旧制中学校で現存する建物は希少であることから、こちらのみ保存管理されていくことになっています。コンクリート建造物を取り去ったときに、木造校舎がきちんと立っていられるのか、どきどきしながら見守りたいと思います。

 木造校舎には、特有の「におい」(香り)があります。人を包み込むような「かおり」です。
 蘇南高校も木がふんだんに使われている校舎です。建物に木の「いのち」が宿っていることは、妻籠小学校と同じだと思いました。
  


「あらためて入学式の続きを挙行する」

Posted by 蘇南高等学校長. 2020年08月27日18:25
 今日は、1年生2クラスの生徒のために「宣誓署名式」を行いました。入学式の時に本来やるべきものでしたが、コロナ対策で式を1時間以内にしなければならなかったため、やむなく当日は省略せざるをえなかったのです。定期考査、文化祭、保護者懇談、夏休みなどを経て、ようやくまとまった時間がとれた本日、「宣誓署名式」という新たな行事を企画しました。半年ぶりの入学式の完結です。

 入学生代表が、高校生活を充実させていくことを「宣誓」するわけですが、本校では、代表先生と同じ内容を全生徒が「署名」して誓うのです。昭和50年代に第7代校長の村山正先生(のちの長野県教育長)の発案で始まったものが、今に受け継がれています。

 校長室の書架の一番目立つところに、歴代の生徒たちの署名が冊子となって、宣誓文とともに大切に保管されています。ひとりひとりが丁寧に自分の氏名を書いているので、無機質な活字が並んでいるだけの卒業生名簿よりも、はるかに味わいがあります。枠からはみださんばかりの名前、一画ごとが慎重に引かれた名前などなど、生徒たちが心を込めて描いた名前は、写真以上にその生徒のことを物語っているようです。これは、蘇南高校に生徒たちが生きていたことの「記憶」です。
 だから、コロナのために今年度の宣誓署名をなくすわけにはいきません。

 教務主任の趣旨説明。あらためて入学生代表の宣誓。BGMがかかる荘厳な雰囲気の中、ひとりひとりが署名をしてくれました。皆が丁寧に自分の名前を刻んでいきます。名前を刻むことは、「私はここにいるよ」と世界に語りかけることだと、真剣な彼らの表情を見ながら、私は思ったのでした。

 最後に私から生徒へのメッセージを話しました。あらためて署名することの意味。未完の入学式の後の臨時休校。それをのりこえて努力する生徒たちへの感動。あらためて入学式で話した「開拓者」とは未来を「読み」、今に「書く」いとなみであることの復習。

 そして最後にこう付け加えました。

 「幼い時代というのは、自分の未来がバラ色に見えた。でも年齢を重ねるにつれて、そんなにうまく生きられない自分に気づいてくる。器用に物事をやっていけない不器用な自分に気づいてくる。そのときに、しょせん自分の人生なんてこんなものだとあきらめるか、不器用だったとしても学校で一生懸命に読んで書いて自分を磨こうとするかで、これからの人生は全然違ったものになるはずです。
 君たちが卒業するまで、私たち教職員は全力で応援していきます。」
  


「長野県警本部長・安協会長より感謝状をいただきました」

Posted by 蘇南高等学校長. 2020年08月26日22:26
 本日、蘇南高等学校生徒会が、長野県警本部長・長野県交通安全協会長の連名による「感謝状」をいただきました。この1年間の地域における交通安全活動を評価するという温かいお言葉をいただきました。
 本校生徒会では、様々な街頭啓発活動・広報活動への協力のほか、南木曽の特産品(檜とか田立和紙など)を組み合わせてデザインした蛍光ストラップを大量に生産し、本校生のみならず、隣の南木曽中学校の生徒の皆さんに配布するなど、地道に交通安全の取組を重ねてきました。まさか、このような表彰をしていただけるとは、夢のような嬉しいことです。

 木曽警察署長様より励ましのお言葉を頂戴し、「感謝状」が本校の伊藤生徒会長に授与されました。そして伊藤生徒会長がお礼の言葉を述べました。
 蘇南高校が地域に支えられた高校である割には、生徒会が地域と連携する機会が少なかったことに問題意識を持って、大好きな南木曽町のために何かをしようと思って始めた活動であったこと。みんなで活動を進めて、様々な方と出会い、たくさんの充実感を味わったこと。この活動は後輩たちにバトンタッチすることになるけれども、これからは連携する地域の範囲を拡大しながら、さらに発展させていきたいことなどを、心を込めてスピーチしました。まさに生徒たちを代表しての意見表明でした。

 本校の学校目標は、「開拓者精神」の育成です。「開拓者」とは、未来の人々の幸せを読み取って、今の努力をする人のことだ、と私はいつも生徒に言ってきました。
 交通安全の取組も、未来の人々のいのちを守るための努力の積み重ねです。警察や安協の皆さんのお仕事のおかげで、私たちの安全安心な未来が守られており、そのお手伝いを本校がさせていただけたことは、とても幸せなことでした。
 今日を次のステップの始まりとして、地域の幸せのために、学校をあげて学びを進めていきたいと考えています。このたびは、本当にありがとうございました。
  


「丸木俊『おりひめ』を校長室前に飾る」

Posted by 蘇南高等学校長. 2020年08月25日16:54
 校長室の入り口に私のコレンクションを飾る「校長室ギャラリー第2回」として、今月から丸木俊の「おりひめ」が登場しています。
 丸木俊(1912~2000)は、夫の位里と「原爆の図」を描いたことで有名です。埼玉県には丸木美術館が開設されています。強烈な赤の色彩と傷ついた人々の姿が心に突き刺さるような「原爆の図」なのですが、丸木俊は生涯にいくつもの絵本の挿絵を描いています。ファンタジーの世界の丸木俊もまた、素晴らしい魅力なのです。

 「おりひめ」という作品は、1977年に発売された『うしかいとおりひめ』という中国民話の挿絵の一部なのだと思われます。
 「おりひめ」は、手の届かない美しさの表象です。人間は、真に美しいものには到達しえない。しかしそれを希求し続ける。ギリシアでも中国でも、人々は似たようなことを考えてきたのかもしれません。
  


「北海道高等学校世界史研究会の大会で報告する」

Posted by 蘇南高等学校長. 2020年08月22日18:46
 今日の午後は、北海道の先生方が企画したシンポジウムの報告者として登壇しました。
 「いつの間に札幌に?」と思われるでしょう。悲しいかな、WEB会議方式なので、南木曽の住宅から北海道とつながったのです。(トホホ…)もちろんメリットもあり、全国の先生方がアクセスできたので、南は沖縄まで、大学・高校の先生方と議論でき、得難い機会となりました。

 テーマは「生徒とともに語る世界史へ」。
 昨年出版された『〈世界史〉をいかに語るか』(岩波書店)の冒頭の鼎談メンバーである、長谷川貴彦さん(北海道大学)と成田龍一さん(前日本女子大学)、そして私がリレー方式で報告し、ウェビナーと対話をするという企画です。
 世界の知識人がコロナ禍をどのように分析しているかを論じた長谷川さん、コレラ・インフルエンザ・コロナという感染症の変遷を世界史の大きな変化に位置付けた成田さんの報告には、とても啓発されました。

 私は、現代歴史学・歴史教育が直面している課題をより鮮明化させたのが、コロナ禍であり、これを乗り越えようとする方策は、現代歴史学・歴史教育の新たな試みと通底しているという報告をしました。20世紀ソ連の思想家である(それゆえ生前にはほとんど評価されなかった)バフチンの「対話・ポリフォニー」の思想と歴史教育を交錯させてみました。

 思考・実践・対話の循環をいつも行っていきたいですし、思考・実践・対話いずれにおいても、生活地域・日本・世界を重層的に「場」として設定していきたいものです。

 私の報告にある「革命的チャンス」という物物しい生き方は、20世紀半ばにナチスに迫害されて死亡したベンヤミンに由来します。危機の中で既成の発想が動揺したとき、かえって物事の本質が見えてきて、希望に変わることがあると、ベンヤミンは遺言の断章のなかで書き残しました。ずっと心に残ってきた、この言葉の意味を、鮮明なリアリティとともにかみしめています。
  


「COVID-19について自分の力で探究する」

Posted by 蘇南高等学校長. 2020年08月20日21:27
 今週の17日(月)に、夏休み明けの校長講話を全校放送の形で行いました。
 「私たちがコロナとたたかうための三つのレッスン」というタイトルです。

 本校の生徒がこんなにも大きな影響を受けている新型コロナウイルス(COVID-19)について、今の学校は、文科省や厚労省の通知によって解説するだけで、探究する対象として論じていないのではないかという、問題意識が私にはありました。
 全校放送の時は、パワーポイントのスライドとともに、分析をとにかく深めていくよう、心がけています。「ああまたいつもと同じ精神論だ…」と思われたくないのです。

 レッスン1は、生物学の知見をもとに、ウイルスとはどのような存在であるのかを考えました。レッスン2は、歴史学の知見、特に100年前のスペインかぜの歴史経験から何が言えるのかを考えました。レッスン3では、政治学・英語・数学を使いながら、世界の各国政府のCOVID-19に対する政策を見ながら、どのような政策が必要なのかを考えてみました。そして最後に3つのレッスンを総合して、自分たちが今考えるべきことについて、提言してみました。

 大切なことを論じようと思えば、教科横断的に論じるしかない。このことを生徒の皆さんと先生方にメッセージとして伝えたかったのです。

 そして、本校では今日から1年生の30人以上の授業は、基本的に大教室に移動して行うようにすること、そして2・3年生の授業はすべて30人未満なのですが、これからは教室いっぱいに座る位置を広げること、朝の検温結果をオクレンジャーですぐに返信してほしいこと、などを伝えました。学んだことは、すぐに実践につなげなくては意味がありません。
 国や県の指示を待つだけではなく、自分たちでできることは主体的に実践していくべきなのです。

 講話のしめくくりに、ニュージーランドのアーダーン首相の言葉を引用しました。この女性首相の言葉が、とても心に響いたからです。

「強くありましょう。親切でありましょう。そしてCOVID-19に立ち向かうために団結しましょう。(Be strong, be kind, and united against COVID-19)」。
  


「夏休みが明けたら、“夏野菜”が!」

Posted by 蘇南高等学校長. 2020年08月17日21:03
 2週間の夏休みがあっという間に終わり、今日から授業再開です。1・2年生は「学びの基礎診断」テスト、3年生は「進路の日」企画でした。猛暑の陽ざしにどんどん校舎が熱せられていくので、クーラーの設定温度をいつもより2度下げて対応しました。

 そんな一日がどのように始まったかというと、朝一番に校長室に3年生の伊藤さんが来てくれました。手に持っていた紙袋を少しかざして、「これ、ブリコラージュ賞の野菜です。校長先生にも食べてもらおうと思って…」と。
 なんと、なんと! 臨時休校中のブリコラージュ賞に、伊藤さんは、「自給自足生活」というタイトルで応募をしてくれました。物流が不安定になるかもしれないから、荒廃した土地を耕し直す「学び」を家族みんなで取り組んだのです。その様子は、先日の『信濃毎日新聞』7月31日付「ヤンジャ」紙面がとてもいきいきと紹介してくださいました。まさか、そのおすそ分けをいただけるとは!
 意外性に彩られた感動に満ちている蘇南高校らしい、私の夏休み明けでした。
 ちなみに昨晩、私は地元のスーパーに買い物に行って、とても驚いたのです。野菜の高いことに。買おうと思っていた野菜の半分くらいしか買えなかった。
 コロナで食料の流通が危機に瀕することは生じなかったのですが、その後の異常気象で確実に食料供給が乱れています。したがって「自給自足生活」の学びの成果は十二分にあったと言うべきでしょう。未来を読んで、今を生きることが出来ている。まさに開拓者精神。

 …みずみずしいキュウリにナスにトマトにインゲン。ロンリーな単身赴任生活(!)の今晩の食事が何と豊かになったことでしょう! これで私は十分に酷暑に立ち向かえそうです。
  


「初担任で生徒に語りかけたこと」

Posted by 蘇南高等学校長. 2020年08月14日21:59
 ちょうど30年前のことになります。まだ23歳だった私は、豊科高校で初担任のクラスの生徒と出会った入学式の時、黒板の上に「学規3カ条」を貼りだしました。会津八一の真似をして「学規」などという大仰な名称を用いたことに、今から見れば気負いが見えます。

「学規  1 勉強をするな。学問をせよ。
     2 自分は傷ついても、ひとを傷つけない。
     3 ちょっと目立って大人になれ。 」

というもの。3年間通しての学級目標を掲げたのは、教員生活の中でこのときだけ。
 数年前、クラスの同級会があって、すでに当時の担任の年齢をはるかに超えた教え子が集まったとき、誰かが「学規、覚えてる?」と言うと、みんなが声を揃えて三カ条を大きな声で復唱してくれました。申し訳ないと思うと同時に、感動で胸がいっぱいになりました。

 強いられる受動的な学びではなく、自ら問いをもって探究する学びをつくること。自己保存のために対立がおこる世界のなかで、人を傷つけない生き方がどのように可能なのかが、世界史の最大の課題であること。生徒はみなかけがえのない個性があって、それを大切にしてあげられるよう、自分自身が誰にも真似できない仕事をすること。

 ふと振り返ってみると、私自身が考えていることは、30年前の自分から何の進歩もしていない。同じことを追い求め続けているのでした。
 実は、高校の教員という仕事は、最初から志望していたものではありません。いろんないきさつで何となく選んだものです。でもやる以上は、「学規」のような教育がしたいと思ったのでした。

 昨日、そのクラスの教え子から手紙が来ました。同級会にはいなかったので、久しぶりの手紙です。そのなかに、「自分は傷ついても、ひとを傷つけない」って、実行しようとすると、とても生きづらくなるけど、今でも守っています…とありました。
 思わず色々な感情が一気にこみ上げてきました。

 ふと振り返ってみると、「学規」は、30年前の生徒たちが、私のために掲げてくれた「ことば」になっているのでした。

  


「校舎の前をフォークリフトが走る」

Posted by 蘇南高等学校長. 2020年08月07日22:55
 夏休みに入ってから、工業科の資格取得のための講習会が様々に開催されています。昨日と今日は、フォークリフト講習会です。学校の駐車場に登場した2台のフォークリフトを、生徒たちが操縦し、クランクを走り、荷物を持ち上げます。
 「むずかしい!」という生徒たちの叫びが頻繁に聞こえてきます。なかには手足のようにフォークリフトを動かす生徒もいて、思わずどよめきがおこったりします。

 かくいう私、大学2年生の時に自動車免許の教習に、とっても苦労しました。教官の言動にあせって余計に頭が混乱することがしばしばでした。教官なんていなければいいのに。自分でじっくり練習したい…などと思ったくらい。
 「習うより慣れろ」とはそのとおりで、今では自動車が自分の身体の一部のよう。
 だから生徒の皆さんも、きっとフォークリフトを自在に操縦できるようになるでしょう。本当にお疲れさまでした。
  


「わかった!」

Posted by 蘇南高等学校長. 2020年08月06日20:08
 今週は、夏休みとはいえ、全学年の補習や工業科の資格取得のための講習会など、学校は賑やかです。
 特に、昨日と今日は、3年生の「校内集中補習」を実施しました。本来は学習合宿を実施したかったのですが、コロナの感染防止のため宿泊行事は避け、そのかわりに朝から晩までひたすら勉強をする生活習慣にきりかえることを、登校しての「集中補習」という形で実施したのです。
 実に朝8時50分から19時50分まで、11時間(2日で22時間)近い受験勉強です。昨日の夕方は、私からおやつのショートケーキの差し入れがありました。

 残りもう1時間というとき、教室を訪ねて何人かの生徒に感想を聞きました。
「死ぬほど勉強しましたよ。」
「家庭学習の量も増えたので、進歩しています。」
「数学が解けた時の気持よさっていいなあと思いました。」
などなど、実に頼もしい。21時間も学習を続けているのですが、グタッとしておらず、表情が爽やかなのもいい。

 ふと自分の高校3年生の時のことを思い出しました。志望校を決めると、そこまで到達しなければならないという焦りに、数学の問題集が「壁」のように見えてきました。問題集に向き合うだけで心臓がドキドキしてしまい、息苦しくなった。まして解けない事態になろうものなら、天井がぐるぐる回り出すような感覚に陥りました。
「何のために数学をやってるんだろう」
あるとき苦しい思いとともに、湧き上がる疑問を、親しい先生にぶつけてみたことがあります。
「数学って、解けたとき、爽快だよねえ。それが楽しみだから解くって、大事じゃない?」
というのが、その先生の答えでした。
 聞いたときは肩すかしのように思えたのですが、その後、その言葉が妙に心に残り、受験時代の自分をけっこう支えてくれました。

 だから本校の生徒から「数学が解けた時の気持よさっていいなあと思いました。」という言葉を聞けて、とても嬉しくなったのです。
 パスカルにならって、「わからないことが連鎖していくのが、学問なのだ」というのが私の持論なのですが、でも「わかった!」という喜びはとても大切だと思います。
 その喜びは、「生きていてよかった」に通じるのかなあと思っています。