「校長最後の日に学校がみんなのためのミュージアムになる」

Posted by 蘇南高等学校長. at 2023年03月31日20:25
 今日は、蘇南高校校長としての最後の日。フィナーレはこうでした。

 午後、熊本の崇城大学で芸術学部長をつとめてきた勝野眞言(まこと)先生が来校されました。令和元年度の日展で文部科学大臣賞を受賞された彫刻家で、本校のOB、そして私が卒業式で紹介した勝野金政さんのご子息です。
 なんと、今日、勝野先生が「江・Ⅰ」「音」「傾・Ⅰ」「傾・Ⅱ」という四つの彫刻作品を蘇南高校に寄贈してくださったのです。本当にありがとうございます。
 
 勝野先生が到着して、作品が搬入される段になると、年度末で年休をとっていた多くの先生方も集まってきました。南木曽町の皆さんも集まってきました。
 吹き抜けの窓から春のやわらかな日差しの降り注ぐ昇降口ロビーに勝野先生の彫刻が置かれると、蘇南高校は完全にミュージアムになりました。おおっというため息が渦を巻きました。

 大きな二つの作品「江・Ⅰ」「音」は、水俣の土から創り上げられたテラコッタです。かつて公害に苦しんだ街の大自然から、躍動感に満ちた「いのち」を宿している二つの大きな人物像がうまれました。
 透明感あふれる白い二つの作品「傾・Ⅰ」「傾・Ⅱ」は、天草の陶土から創られた磁器で、清らかな「いのち」の重みを見る者の心に強く刻印してくれます。




 勝野先生を囲んで、教職員、町の皆さん、みんなで記念撮影をしました。「みんなで」・・・そう、「みんなで」です。
 「芸術のあふれる、みんなのための学校」が、蘇南高校なのです。



 夕方5時に、たくさんの先生方に見送られて、蘇南高校をあとにしました。先輩の校長先生たちから聞いていた、「やりきった」という充実感のようなものは、私には湧いてきませんでした。重責が終わったという感慨もありません。
 蘇南高校の生徒たち、先生たち、地域の皆さんを想い続ける気持ちは、校長という立場であろうとなかろうと関係なく、「これからもずっと続く」ものだからだと気づきました。

 蘇南高校は、これからも、私を含む「みんなのための学校」なのです!
 すべての皆様に、これまでご支援をいただきましたことを心から感謝申し上げます。私は教諭として伊那弥生ケ丘高校に赴任しますが、引き続き蘇南高校や私とおつきあいいただければ、幸いです。

追伸 本ブログは、4月から新校長に引き継ぎます。私は、ときどきですが、facebookで全国の皆様との交流を続けていくつもりです。




「誰でも学びに積極的になれる力をもっている」

Posted by 蘇南高等学校長. at 2023年03月30日16:41
 昨日の朝、教員住宅をすべて片付けて出勤し、夜は南木曽駅前の「MOUNTAinn(マウンテン)」さんに宿泊しました。インバウンド用1棟貸の宿泊施設を一人で独占!
 マウンテンを経営する熊谷さんには、蘇南高校のキャリア学習の講師をつとめていただいたり、探究学習のアドバイスをいただいてきたりしました。

 夜、熊谷さんとコロナ禍の3年間をしみじみと振り返って語り合ったのですが、そのなかで、「人はどのような環境のなかで学びに積極的になるのか」が話題になりました。
 社会学でよく言われるのが、「家庭環境が文化資本に恵まれていること」です。
 ところが、茅野駅前で理髪店をいとなむ家庭に生まれた私は、両親はともに中卒の学歴で、昔ののんびりとした商店街の雰囲気の中で育ちました。今でも覚えているのは、小学校の頃によく父親とパチンコ屋に行って、並んで玉を打っていたことです。教員になってからパチンコ店で遊んでいるのが見つかった生徒を家庭反省にしているのを見て、「あれは法的にまずいことだったんだ」と初めて気づいた次第。

 でも本を読むことや学ぶことが好きで、いつのまにか教員という仕事になりました。両親はそんな私を見守ってくれました。
 私の少年時代の経験は、「どんな子でもきっと学ぶことが好きになってくれるはずだ」という確信のようなものを私に植え付けてくれたのだと思います。
 蘇南高校の校長講話のたびごとに、20分近く(!)生徒にテーマを定めて講義をしてきたのも、じっと私のことばを聞いてくれる生徒の表情が、嬉しくて嬉しくて、たまらなかったからでした。木曽の子どもたちの伸びしろへの大きな期待がいつも心の中にありました。

 「マウンテン」のテラスからは木曽川をはさんで丘の上の蘇南高校がよく見えます。
 夜、校舎の灯りが消えて夜の闇のなかにひっそりとたたずむ蘇南高校と、夜明けとともに、満開の桜のなかに姿を現す蘇南高校を、じっと私は見つめ続けました。最後にこれをどうしてもしたくて、「マウンテン」に泊まったのです。

 誰でも学びに積極的になれる力をもっている・・・そう蘇南高校の景色は語っているようでした。











「蘇南高校の生徒たちに語りかけたことばがロシア語になる」

Posted by 蘇南高等学校長. at 2023年03月29日16:47
 今日は、校内集中補習の生徒たちにおやつの差し入れをし、地域のお世話になった方々にお礼のあいさつにまわりました。
 桜はさらに満開になり、ミツバツツジや花桃まで一斉に咲き始めました。まさに百花繚乱。

 そのようななか、驚くべきお便りをいただきました。
 卒業式の式辞「モスクワはどこにある?」で、南木曽町出身で戦前のソ連に渡ってスターリンの粛清を奇跡的に生き延びた勝野金政さんが、生涯ヒューマニズムとインターナショナリズムを理想に掲げ続けたことと、その理想が、今の高校生の心に中にも継承されていることを、私は語りかけました。
 その式辞を、ある方がロシア語に翻訳してくださり、ロシアに送ってくださったというのです。
 ロシアの社会状況を考え、今は、翻訳者と送り先ともに、ここでは具体的なお名前をあげることを控えさせていただきます。

 これは式辞では直接ふれていませんが、タイトルのモチーフは、私が好きなチェーホフ『三人姉妹』のセリフ――行きましょうよ! モスクワよりいいところ、この世のどこにもないわ!――に重ね合わせています。もちろん悲しみをおびた反語表現です。

 めぐりめぐって蘇南高校の生徒たちに語りかけたことばが、ロシアに届くとは!
 人と人のつながりの幸せを胸いっぱいに抱きしめています。


「学ぶ意義を確認しながら着実に学び続ける」

Posted by 蘇南高等学校長. at 2023年03月28日16:06
 今日と明日は、1・2年生の「春期校内集中補習」です。
 コロナ禍になる前は、1泊2日の学習合宿をしていたのですが、この3年間は、校内でしっかり時間をとって、補習講義と自学自習をくみあわせた「集中補習」の形にしています。
 対象者は、4年制大学・短大・看護系専門学校を志望する生徒たちです。

 教室をのぞいてみると、熱心に学んでいる生徒たちの姿を見て、とても心強い思いがしました。

 「進学校」と言われる高校で起こりがちな、学年順位や平均点と自分の差に一喜一憂してメンタルをすり減らしていくようなことが、蘇南高校ではありません。
 ひとりひとりが大きく違うので、友人との比較は全く問題ではないのです。努力している姿勢そのものがみんな尊いと言えます。――だから学ぶこと自体が、とても尊いことだという共通認識のうえに、高校生活がいとなまれていきます。
 とても多様な生徒たちからなる、中山間地の高校の良さがここにあります。

 それでいて、生徒たちの第一志望がきちんと叶っていく学校になってきました。
 今年度の3年生は、特に就職・進学ともに全員が第一志望(または第二志望)に合格していきました。国公立大学・私立大学・短大・専門学校・公務員・民間企業・・・それぞれの希望する先にちゃんと合格できたのです。
 
 学ぶ意義を確認しながら着実に学び続ける蘇南高校生は、輝いています。



「この桜の花びらの数くらい」

Posted by 蘇南高等学校長. at 2023年03月27日17:08
 ここのところの温かな陽気で蘇南高校の前庭の桜が、満開に咲き誇りました。
 今日は入学生オリエンテーションの日。新1年生を桜の波が迎えてくれたのでした。
 新入生が全員揃って、入学式に向けて準備するための説明を受けました。とても順調な滑り出しです。

 さらには桜のなかを、長野県立歴史館特別館長の笹本正治先生が立ち寄ってくださいました。私の尊敬する歴史家です。
 南木曽町での会議の直前のわずかなお時間をいただいて懇談ができ、木曽の歴史をどう未来に伝えていくのか、「生き方としての歴史家」とは何か・・・など、笹本先生と至福の対話の時間を過ごしました。


 午後には、蘇南高校OBの赤井さんと池田さんが愛知県からお越しくださいました。この三年間の折々に励ましの言葉をかけてくださったOBの皆さんが、最後の週に会いに来てくださったのです。


 自分がいかに人から支えられて生きているかを振り返った一日です。
 目の前のピンクの海を見ながら、この桜の花びらの数くらい、人々のお世話になっているのだろうと思ったのでした。






「雑誌『思想』4月号はなんと歴史教育の特集です」

Posted by 蘇南高等学校長. at 2023年03月25日16:24
 岩波書店の雑誌『思想』2023年4月号は、なんと高校歴史教育についての特集です。

 巻頭の「思想の言葉」は、キャロル・グラックさん。日本の歴史教育にエールを贈ってくださっている、心ふるえる文章でした。
 その次が「討議・転換期の歴史教育/歴史教育の転換」と題して、井野瀬久美恵さん・成田龍一さんと私が対話をしました。(私はこの二か月で『西洋史学』『思想』『史学雑誌』に文章を発表します。怒涛の日々です。)
 そして多彩な研究者・実践者が高校歴史教育について論じています。

 実は、まだ手元に届いていないので、私は読めていないのですが、超硬派の学術誌『思想』が歴史教育を特集したのは初めてのことになります。画期的なことです。
 歴史教育を問い直すことは、歴史研究を問い直すことにもつながります。そして市民社会における学問と教育の意義を問い直すことにもつながるのだと、私は考えています。
 



「3年間で“最初で最後の”盃を先生方とくみかわしました」

Posted by 蘇南高等学校長. at 2023年03月24日21:17
 今日は、「校務連絡会」といって、新しい先生方をお迎えして次年度の業務の引継ぎを行いました。若く意欲に満ちた先生方の姿を見て頼もしく思ったのでした。
 
 そして南木曽町役場に転任のご挨拶に伺いました。これで南木曽を離れる本校の教職員が全員並ぶと、役場の皆さんが仕事をいったん止めて、向井町長さんが私たちに惜別のお言葉をかけてくださるのです。本当に温かな思いに包まれて、人生の再出発をすることができます。
 同時に、この南木曽を去ることの淋しさに包まれます。

 そして夕方からは、蘇南高校の校長としてどうしても行いたかった、職場全体の送別会をホテル南木曽で開催しました。私は3年間の校長の日々で一度も教職員と杯をかわすことがありませんでした。なので一年間の業務をほぼ終えたこのタイミングで、「コロナの出口」を予感するような懇親会をもちたかったのです。
 飲み会って、どういう段取りでしたっけ?・・・というところから始まって、幹事さんには多大なご苦労をいただきながら、笑顔と涙にあふれた送別会になりました。

 私もひとりひとりの先生に、「大丈夫ですよ、これからもきっといい仕事ができますよ」と、心から語りかけたのでした。

 蘇南高校の前庭の桜は一斉に咲き始めました。
 来週は満開の中で、私の校長生活最後の一週間を迎えます。



「大好きな芸術作品を解説しながらラストメッセージを蘇南高校生に贈る」

Posted by 蘇南高等学校長. at 2023年03月23日18:20
 今日は、一年間の最後の授業日でした。朝会では転退職する教職員の別れの挨拶、そして生徒たちには終業式と離任式です。

 離任のあいさつをする先生方ひとりひとりの表情、ことばを見つめると、「やりきった」という感慨がひしひしと伝わってきます。
 そして離任職員はみな、蘇南高校の生徒たちのここが一番好きだとか、ここはこれからもずっと大事にしていってほしいということを語りました。

 私の終業式講話は、「世界とつながること」と「芸術を愛すること」で、「流されないものさし」を自分の心の中に持とうということを、次のような具体例をあげながら、生徒たちに語りかけました。

(1)台湾の故宮博物院のHPから3D画像を使って、「汝窯」(じょよう、徽宗の時代の窯で現存数がきわめて少ない)の名品の魅力を見つめる。
(2)ボルタンスキーのインスタレーション「No Man’s Land」をYouTubeで鑑賞して、芸術によってホロコーストを表現する可能性を考える。
(3)彫刻家・勝野眞言さんのテラコッタ制作をとおして、「流されない自分づくり」の大切さを考える。


 ・・・というように、最後まで全速力でかけぬける講話になることを目指しました。講義原稿はコチラをご覧ください。
https://www.nagano-c.ed.jp/sonan-hs/pdf/20230323_kouwa.pdf


 蘇南高校生の「よりよく生きよう」としている真摯な瞳を見つめていると、涙がこみあげてきました。
 生徒たちひとりひとりが、私にとって「汝窯」の作品のように無二の価値をもつすばらしい「いのち」です。34年間の教員生活を経て、この生徒たちと出会えて、本当に幸せでした。

 君たちは、どうか流されずに「自分のものさし」を大切にしていってほしい。
 私もまた、そのように生きていくつもりです。

  追伸
 「汝窯(じょよう)」の名品は、故宮博物院のHPでご覧いただけます。コチラをどうぞ。
https://theme.npm.edu.tw/3d/Content.aspx?sno=04001032&l=3&q=&p=1&fromCnt=0





「学生時代に授業中に寝ていそうな先生は校長先生」

Posted by 蘇南高等学校長. at 2023年03月22日15:32
 まるで初夏のような一日でした。前庭の桜のつぼみが一気に膨らんでいて、入学式前に咲いてしまうかもしれないと、半分がっかりしています。(半分は今年の桜も見られそうな喜びがあります。)
 今日、前庭の片隅のミツバツツジが咲き出しているのを見て、これまたびっくりしました。蘇南高校の校章の花に、今年も出会えました。

 さて、今年度の生徒会誌『蘇南』66号が刊行されました。生徒会活動や部活動、クラスの振り返りに加えて、「特集 〇〇と言えば〇〇先生 第2弾」が実に面白い内容です。
 「足が速そうな先生」「休日に料理を作ってそうな先生」「美意識が高そうな先生」「家に自分で改造したものがありそうな先生」・・・などなど、結構バランスよく、多彩な教員が生徒アンケートで選ばれています。

 このなかに「学生時代、授業中に寝てそうな先生」というのがあって、ベスト3に選ばれた若手教員3名は、本人たちの気持ちはどうであれ、「それっぽいよなあ」と私も納得してしまいました。ところが、ベスト3まではいかなかったけれども票を集めた教員に「小川校長先生」が!

 なんと!

 校長に投票した理由が載っています。
 「学校の勉強に興味が無さそう」「習う前に自分でやり終わって寝ている」「自分よりも頭が悪い人間に教わることはないと思っている」
 ・・・この生徒のコメントを読んで感心してしまいました。キミたちは、よく見ているねえ、と。一応、ひととおりの学習をしたうえでの話ですが、「これってもう終わったよ」とか、「この先生の授業、内容薄いよなあ」と、授業から距離を置いている高校時代の自分もいました。
 でも「ここは力を入れて学ぼう」と思ったことは、とーっても一生懸命勉強していました。

 まして、授業中に寝たことは、「皆無」だったですよ、たぶん。



「私の思いをすべてかなえてくださる南木曽町の皆さんの心の温かさ」

Posted by 蘇南高等学校長. at 2023年03月21日19:14
 蘇南高校の卒業式の様子が木曽広域ケーブルテレビの「ウィークリーきそ」で放映されて、びっくりするくらいの反響をいただきました。
 その番組では、私の式辞をほとんどカットせずに、じっと聞き入ってくれている卒業生の姿とともに映し出してくれたからです。南木曽出身で戦前にソ連にわたり、無実の罪でラーゲリに送られるも奇跡的に生還して、南木曽に戻ってきた勝野金政さんの生涯を紹介した式辞でした。
 勝野さんと一緒に妻籠に疎開した文化人たちの影響で、こんにちの妻籠の街づくりにつながる文化的な土壌が形成されたということと、勝野さんが大切にしたヒューマニズムとインターナショナリズムは、今の蘇南高校生が体現しているのだということを論じたのでした。

 「ウィークリーきそ」の放映後、たくさんの方からお電話をいただいたり、町で声をかけていただいたりしました。
 「よくぞ勝野金政さんをとりあげてくれた」「自分の知らなかった南木曽の歴史が分かった」「卒業生の皆さんの真剣なまなざしに感動した」・・・などなどです。

 さらには、昨日のことですが、勝野金政さんが創立したもののあっという間に閉校になってしまった木曽産業学校の跡地を、楯さん(楯木工)にご案内いただき、伊藤さん(南木曽商工会長)、田中さん(田中木材)、私のメンバーでフィールドワークすることができました。
 午前はサイエンス、午後は木曽ひのきの製材加工の実習という斬新なカリキュラムでスタートした木曽産業学校は、校舎と製材工場が立ち並び、森林鉄道の引き込み線まで来ていたのですが、教員のストライキの多発で閉校に追い込まれ、さらに大土石流ですべて流されてしまいました。

 その後、民家が並んでいたそうですが、その家々も今はなくなり、静かな野原になっていました。
 さらに勝野さんの跡を継いで製材所を今でも営んでおられるご実家の皆さんを訪問し、念願のごあいさつをさせていただくこともできました。

 「知りたい・つながりたい」という私の思いをすべてかなえてくださる南木曽町の皆さんの心の温かさにふれ、蘇南高校で校長をさせていただいたことの幸せを改めてかみしめたのでした。