「目線のサキは、『未来と過去の両方』」
Posted by 蘇南高等学校長.
2020年07月31日19:02
東京での新たな陽性判明が463名にのぼったとか、岐阜県知事が第2波の非常事態を宣言したなどのニュースが聞こえてくる緊張の中で、今日の本校は夏休み前のしめくくりの日を迎えました。
この日を大きな喜びとともに迎えられたのは、信濃毎日新聞の「ヤンジャ」(活躍する若者を一面に大きくとりあげる紙面)に、「蘇南高生 休校中 自ら学び深める」という見出しで、臨時休校中に自主的な学びを展開してブリコラージュ賞に応募した5人の生徒のことが詳しく報道されたからです。
プロの新聞記者さんとは、かくも生徒の思いをうまく引き出すのかと、敬服することしきりでした。私の知らなかったこともたくさん書いてくれていますし、何より生徒がたくさんの苦労や悲しみをのりこえて必死に頑張ったのだという、彼らの「背中」が見えてくる。
南木曽町の教育長さんが電話をくださり、「こういう時代に高校生から『希望』を見たように思う」とおっしゃっていただけました。
どんな逆境でも「今できることをやる」「どんなときでも気づきと笑いと感動がある」…そんなことを生徒から教えてもらった日々でした。
著作権がありますから、写真は見出しのところだけにとどめます。是非、信毎紙面でお読みいただければ幸いです。
夕方の全校集会は放送で校長講話をおこないました。
「前進することと後ずさりすること」というタイトルです。
日本の長い歴史の中で、「サキ」という言葉が未来を指すようになったのは、およそ戦国時代以降のことで、それより前、つまり室町時代とか鎌倉時代、平安時代には、「サキ」という言葉は過去を指すものでした。サキとは目線の先ですから、昔の日本人は、過去を見つめながら、何だかどうなるのかわからない未来に、後ずさりしながら進んでいたというのが、生きるということのイメージだったのです。(勝俣鎭夫さんの研究)未来のことは、神や仏でもない人間にはわかるわけがないと思われていたのです。
それに対して、織田信長とか豊臣秀吉、徳川家康の時代になると、自分の力で未来をこのような新しいものにすると、しっかり未来を見つめて、未来に向かって歩むようになった。「先」という言葉は未来を指すようになった。その生き方を受け継いで、本校の開拓者精神があるのです。
とはいえ、「本当の開拓者」になるためには、「未来」とともに「過去」も読んで、今を生きることが大切なのではないかと生徒に語りかけました。
20世紀の前半に世界恐慌が起こり、自分たちだけは助かりたいという国があらわれ、他国に領土を広げたり、諸悪の根源だとレッテルばりした人々を迫害して、やがて第二次世界大戦という破局に突き進んでいきました。苦しい時ほど、地域や国をこえて人々が協力し合って、苦難を乗り越えていかなければならないというのが、歴史の教訓です。
過去に部活動や学習に打ち込めなかった自分を振り返り、同じことを繰り返さないように工夫する。誰かを愛そうとしてうまくいかなかった自分をきちんと分析して、自分の軌道修正をする。こうしたことって、とても大切だと思うのです。
未来を目線のサキにおいて、未来に向かって歩んでいくのだけれど、折々に過去を振り返って自分の立っている位置を修正する。そして再び未来に歩き始めるのです。目線のサキは、「未来と過去の両方」です。そんな生き方をしていけるといいですよね。
これが夏休み前の校長講話の結論でした。
この日を大きな喜びとともに迎えられたのは、信濃毎日新聞の「ヤンジャ」(活躍する若者を一面に大きくとりあげる紙面)に、「蘇南高生 休校中 自ら学び深める」という見出しで、臨時休校中に自主的な学びを展開してブリコラージュ賞に応募した5人の生徒のことが詳しく報道されたからです。
プロの新聞記者さんとは、かくも生徒の思いをうまく引き出すのかと、敬服することしきりでした。私の知らなかったこともたくさん書いてくれていますし、何より生徒がたくさんの苦労や悲しみをのりこえて必死に頑張ったのだという、彼らの「背中」が見えてくる。
南木曽町の教育長さんが電話をくださり、「こういう時代に高校生から『希望』を見たように思う」とおっしゃっていただけました。
どんな逆境でも「今できることをやる」「どんなときでも気づきと笑いと感動がある」…そんなことを生徒から教えてもらった日々でした。
著作権がありますから、写真は見出しのところだけにとどめます。是非、信毎紙面でお読みいただければ幸いです。
夕方の全校集会は放送で校長講話をおこないました。
「前進することと後ずさりすること」というタイトルです。
日本の長い歴史の中で、「サキ」という言葉が未来を指すようになったのは、およそ戦国時代以降のことで、それより前、つまり室町時代とか鎌倉時代、平安時代には、「サキ」という言葉は過去を指すものでした。サキとは目線の先ですから、昔の日本人は、過去を見つめながら、何だかどうなるのかわからない未来に、後ずさりしながら進んでいたというのが、生きるということのイメージだったのです。(勝俣鎭夫さんの研究)未来のことは、神や仏でもない人間にはわかるわけがないと思われていたのです。
それに対して、織田信長とか豊臣秀吉、徳川家康の時代になると、自分の力で未来をこのような新しいものにすると、しっかり未来を見つめて、未来に向かって歩むようになった。「先」という言葉は未来を指すようになった。その生き方を受け継いで、本校の開拓者精神があるのです。
とはいえ、「本当の開拓者」になるためには、「未来」とともに「過去」も読んで、今を生きることが大切なのではないかと生徒に語りかけました。
20世紀の前半に世界恐慌が起こり、自分たちだけは助かりたいという国があらわれ、他国に領土を広げたり、諸悪の根源だとレッテルばりした人々を迫害して、やがて第二次世界大戦という破局に突き進んでいきました。苦しい時ほど、地域や国をこえて人々が協力し合って、苦難を乗り越えていかなければならないというのが、歴史の教訓です。
過去に部活動や学習に打ち込めなかった自分を振り返り、同じことを繰り返さないように工夫する。誰かを愛そうとしてうまくいかなかった自分をきちんと分析して、自分の軌道修正をする。こうしたことって、とても大切だと思うのです。
未来を目線のサキにおいて、未来に向かって歩んでいくのだけれど、折々に過去を振り返って自分の立っている位置を修正する。そして再び未来に歩き始めるのです。目線のサキは、「未来と過去の両方」です。そんな生き方をしていけるといいですよね。
これが夏休み前の校長講話の結論でした。

「この瞬間の大切さ、みんなと会える日々の大切さを知る私たち」
Posted by 蘇南高等学校長.
2020年07月29日22:30
今日は、朝、木曽福島~塩尻間のみが運転を見合わせましたが、その間の駅から来る生徒について遅刻分を公欠扱いとし、通常日課の授業をしました。用意したオンライン授業を試したかったのですが、(嬉しいことに)お蔵入り。でもまたこの日課の出番は、台風シーズンも含めてあるのだと思っています。
校長室には、廊下で会話をする生徒たちの声が聞こえてきて、これがなかなか面白い。雨の降り方が強くなると、「ヤバイ、JRの運行状況を見てみよう。」(←教頭と同じ感覚)…コロナ第2波のことを話しながら、「もしまた臨時休校になったら、オレ、今度はブリコラージュ賞にチャレンジしよう」(←校長にわざと聞こえるように言っているかも)…
生徒の言葉は小説を読むように人の心をひきつけます。
昨日の県議さんの視察のなかで、生徒会長の伊藤さんが、コロナをくぐりぬけた学びについて意見発表をしました。私はまったく添削をしていません。テーマをふって、伊藤さんが一晩でスピーチ原稿の構想を練ったものです。伊藤さんの許可を得て、採録します。
「休校を通して」
「私は休校中の経験を通して、様々なことを学び成長できたように思います。
ひとつは部活動のことです。私は、休校当初はこの状況の深刻さを理解していませんでした。部活の仲間たちと大会までの練習が潰れてしまうからと自主練習に励んでいました。そんななか、先生から大会の中止を告げられ、改めてこの状況の恐ろしさ、深刻さを感じさせられました。私たちにとって最後の大会に出られないことは、とても悲しいことでした。過去の自分たちへの後悔や、悔しい気持ちがたくさん押し寄せました。それでも部の仲間たちとは、連絡を取り合って、少しでも何かを続けようと約束しました。今までみんなで練習を出来たことは、特別なことだったのだと思いました。そして、今まで当たり前のように練習していた日々がかけがえのないものだと感じ、本当に感謝しています。
2つ目は、学び方についてです。休校が続く中で私は授業が出来ないこと、先生や同級生に会えないことがとても不安でした。3年生のゼロ学期である春休みの期間も、どんな風に勉強していけば良いのかわからず、課題をこなすのみになっていました。学校からオンラインでのSHR、動画での学習が始まったことで不安は少し解消されました。また、画面越しにでもみんなに会えることはすごく元気を貰えました。動画学習はデメリットもあるとは思いますが、初めてやる範囲などでも自分のペースで学べることなど、とても便利でした。私は、動画学習の経験から現在はオンライン授業についての総合研究を行っています。今後、このような学校のあり方も可能性として考えられると思います。学ぶ手段のひとつとしてオンラインを利用することでたくさんのメリットが生まれるからです。
3つ目はオンラインの可能性についてです。(……)例えば、オンラインを利用すれば、普段は遠くて会えない人や、より多くの人数での繋がりを作ることが可能になります。私は休校の期間に何度かオンラインイベントに参加させて頂きました。100人以上が参加しており、普段の自分ならその場での発言はしません。ですが、様々な意見が同時に飛び交うオンライン上でなら、自分も質問をすることが出来ました。海外からの参加の方もいて、オンラインの可能性をとても感じられました。
最後は蘇峡祭についてです。休校によって本来行うはずだったイベントがいくつか無くなってしまい、文化祭は出来ないかもしれないと不安でした。そんな時に校長先生が私たちを全力でサポートする、と仰って下さり、その言葉に本当に励まされました。登校日には生徒会で話し合いを行い、休校中に個人で考えてくるというのを繰り返し、なんとか準備を進めていきました。校長先生が対面式で仰っていた、「出来ないことを考えるのではなく、今だからこそ出来ることを考える」という言葉は私の考え方を変えるきっかけにもなりました。この状況で文化祭をやることはどんな意味があるのかを考え、自分が出来ることは全力でやろうと思いました。今年の文化祭のテーマは「青春と一瞬~想像以上の自分へ~」です。この瞬間の大切さ、みんなと会える日々の大切さを知る私たちにとってこのテーマはぴったりでした。休校が開けてから大急ぎで準備を進める中、大雨による臨時休校もあり、本当に大変でした。しかし、忙しくても、大変でも、仲間と協力して取り組む時間は本当に楽しく充実していました。休校以前の私ならきっとこのように考えることはできなかったと思います。やりたいことも思うように進められず、1人で過ごしている時間があったからこそ、最後までやり遂げられたように思います。蘇峡祭本番はあっという間でした。ですが、本当に濃い時間になりました。この瞬間のために費やしてきた時間で私はたくさん成長出来たと思います。
私は休校期間、文化祭での経験はこれからの自分にとって必ず役に立つと思います。これから先、進路に向けて進んでいく中でもこの経験を生かして更に成長できるよう努力して行きたいです。」 (終)
コロナ禍をくぐりぬけて、生徒は本当にたくさんのことに気付き、懸命に自分の目標を実現しようとしています。
伊藤さんのスピーチにある、「この瞬間の大切さ、みんなと会える日々の大切さを知る私たち」という表現に、私は胸がいっぱいになります。
生徒たちは、私たちにとって「教え子」であると同時に、ともに手を携えて歩む「パートナー」なのだと、コロナ禍をくぐりぬけて私は考えるようになりました。
校長室には、廊下で会話をする生徒たちの声が聞こえてきて、これがなかなか面白い。雨の降り方が強くなると、「ヤバイ、JRの運行状況を見てみよう。」(←教頭と同じ感覚)…コロナ第2波のことを話しながら、「もしまた臨時休校になったら、オレ、今度はブリコラージュ賞にチャレンジしよう」(←校長にわざと聞こえるように言っているかも)…
生徒の言葉は小説を読むように人の心をひきつけます。
昨日の県議さんの視察のなかで、生徒会長の伊藤さんが、コロナをくぐりぬけた学びについて意見発表をしました。私はまったく添削をしていません。テーマをふって、伊藤さんが一晩でスピーチ原稿の構想を練ったものです。伊藤さんの許可を得て、採録します。
「休校を通して」
「私は休校中の経験を通して、様々なことを学び成長できたように思います。
ひとつは部活動のことです。私は、休校当初はこの状況の深刻さを理解していませんでした。部活の仲間たちと大会までの練習が潰れてしまうからと自主練習に励んでいました。そんななか、先生から大会の中止を告げられ、改めてこの状況の恐ろしさ、深刻さを感じさせられました。私たちにとって最後の大会に出られないことは、とても悲しいことでした。過去の自分たちへの後悔や、悔しい気持ちがたくさん押し寄せました。それでも部の仲間たちとは、連絡を取り合って、少しでも何かを続けようと約束しました。今までみんなで練習を出来たことは、特別なことだったのだと思いました。そして、今まで当たり前のように練習していた日々がかけがえのないものだと感じ、本当に感謝しています。
2つ目は、学び方についてです。休校が続く中で私は授業が出来ないこと、先生や同級生に会えないことがとても不安でした。3年生のゼロ学期である春休みの期間も、どんな風に勉強していけば良いのかわからず、課題をこなすのみになっていました。学校からオンラインでのSHR、動画での学習が始まったことで不安は少し解消されました。また、画面越しにでもみんなに会えることはすごく元気を貰えました。動画学習はデメリットもあるとは思いますが、初めてやる範囲などでも自分のペースで学べることなど、とても便利でした。私は、動画学習の経験から現在はオンライン授業についての総合研究を行っています。今後、このような学校のあり方も可能性として考えられると思います。学ぶ手段のひとつとしてオンラインを利用することでたくさんのメリットが生まれるからです。
3つ目はオンラインの可能性についてです。(……)例えば、オンラインを利用すれば、普段は遠くて会えない人や、より多くの人数での繋がりを作ることが可能になります。私は休校の期間に何度かオンラインイベントに参加させて頂きました。100人以上が参加しており、普段の自分ならその場での発言はしません。ですが、様々な意見が同時に飛び交うオンライン上でなら、自分も質問をすることが出来ました。海外からの参加の方もいて、オンラインの可能性をとても感じられました。
最後は蘇峡祭についてです。休校によって本来行うはずだったイベントがいくつか無くなってしまい、文化祭は出来ないかもしれないと不安でした。そんな時に校長先生が私たちを全力でサポートする、と仰って下さり、その言葉に本当に励まされました。登校日には生徒会で話し合いを行い、休校中に個人で考えてくるというのを繰り返し、なんとか準備を進めていきました。校長先生が対面式で仰っていた、「出来ないことを考えるのではなく、今だからこそ出来ることを考える」という言葉は私の考え方を変えるきっかけにもなりました。この状況で文化祭をやることはどんな意味があるのかを考え、自分が出来ることは全力でやろうと思いました。今年の文化祭のテーマは「青春と一瞬~想像以上の自分へ~」です。この瞬間の大切さ、みんなと会える日々の大切さを知る私たちにとってこのテーマはぴったりでした。休校が開けてから大急ぎで準備を進める中、大雨による臨時休校もあり、本当に大変でした。しかし、忙しくても、大変でも、仲間と協力して取り組む時間は本当に楽しく充実していました。休校以前の私ならきっとこのように考えることはできなかったと思います。やりたいことも思うように進められず、1人で過ごしている時間があったからこそ、最後までやり遂げられたように思います。蘇峡祭本番はあっという間でした。ですが、本当に濃い時間になりました。この瞬間のために費やしてきた時間で私はたくさん成長出来たと思います。
私は休校期間、文化祭での経験はこれからの自分にとって必ず役に立つと思います。これから先、進路に向けて進んでいく中でもこの経験を生かして更に成長できるよう努力して行きたいです。」 (終)
コロナ禍をくぐりぬけて、生徒は本当にたくさんのことに気付き、懸命に自分の目標を実現しようとしています。
伊藤さんのスピーチにある、「この瞬間の大切さ、みんなと会える日々の大切さを知る私たち」という表現に、私は胸がいっぱいになります。
生徒たちは、私たちにとって「教え子」であると同時に、ともに手を携えて歩む「パートナー」なのだと、コロナ禍をくぐりぬけて私は考えるようになりました。

「県議さんと“コロナをくぐりぬけた学び”について対話する」
Posted by 蘇南高等学校長.
2020年07月28日20:31
今日の朝は、教頭先生からの「JRが止まっているようです」という衝撃的な電話から始まりました。南木曽町は大した降雨ではなかったので、まさかの事態です。JRによれば、これまでの降雨の累加量で規制がかかっているとのこと。雨が続いている気象状況からすれば、今後も運転見合わせが続く可能性が大ですから、やむなく臨時休校の措置をとりました。
そして「学びを止めない」「100を0にしない」ために、朝の職員会で打ち合わせを行い、10時からZoomホームルームを行い、Classiなどを利用した家庭学習の指示を行いました。こうした組織的な対応は、本校の先生方はとても早い。そして万が一、明日もJRが運休する場合に備えて、Zoomによる授業の準備をしました。(これは本格的な時間割展開です。)
今日は、かねてから予定されていた長野県議会の「改革・創造みらい」の県議さんの視察の日でした。国道の通行状況はごく普通でしたので、「もし差し支えなければ南木曽自体は大丈夫ですのでお越しください」と私から申し上げ、北は中野市や長野市、千曲市から南は飯田市までの県議さん7名(小島県議さん、荒井県議さん、小林県議さん、高島県議さん、続木県議さん、中川県議さん、熊谷県議さん)が、県の南西部にある本校を訪問してくださいました。
様々な進路を目指し、様々な教科を学ぶ高校生が、しかも都市部ではない中山間地の高校で学ぶ高校生が、コロナの臨時休校をのりこえてどのような学びを積み重ねたのかを、じかに現場の教員や生徒と対話したいというのが、訪問の趣旨です。世の中の注目からこぼれおちてしまうかもしれない、しかし実は世の中の高校生の“ふつうの姿”を体現しているかもしれない本校の学びを、見に来てくださったのです。
第2波による臨時休校への備えとして何が必要なのか、豪雨の防災・危機管理のために何が必要なのかということについても深い対話をさせていただきました。ちょうど同じ時間帯にZoomホームルームをやっていたので、その様子も見ていただいたり、生徒会長の伊藤さんの意見発表を聞いていただいたりもしました。
これは私にとっても、同席した本校の教員たちにとって(そして生徒会長の伊藤さんにとっても)、本当にうれしいことでした。コロナと豪雨の日々の中で私たちが積み重ねてきた、小さな高校の大きな喜び、膨大な試行錯誤、未来への抱負といったものについて、県議さんお一人お一人がとても丁寧に耳を傾けていただき、そしてお一人お一人からたくさんの温かな提言をいただいたのです。
折しもコロナ第2波の足音がいよいよ高くなってきています。私たちにとって、今日が次のステージに向かう節目になるように思います。
実は5月の臨時休校中に、地元選出の大畑県議さん(自民党会派)にも本校にお越しいただき、コロナ臨時休校の真っただ中で本校が何に努力し、何を成果としてつかみつつあるのかについて、いち早く耳を傾けていただき、温かな提言をいただいています。(当時は県議会直前ということもありブログでの報告を自粛していました。)
木曽・中津川の子どもたちにとって本当に意味のあるコロナ時代の教育支援とは何かについて考えていかなければならないという、大畑県議さんの熱い思いを伺い、どれほど励まされたことでしょう。
対話は、前に進む元気を与えてくれる。このことを実感しています。
そして「学びを止めない」「100を0にしない」ために、朝の職員会で打ち合わせを行い、10時からZoomホームルームを行い、Classiなどを利用した家庭学習の指示を行いました。こうした組織的な対応は、本校の先生方はとても早い。そして万が一、明日もJRが運休する場合に備えて、Zoomによる授業の準備をしました。(これは本格的な時間割展開です。)
今日は、かねてから予定されていた長野県議会の「改革・創造みらい」の県議さんの視察の日でした。国道の通行状況はごく普通でしたので、「もし差し支えなければ南木曽自体は大丈夫ですのでお越しください」と私から申し上げ、北は中野市や長野市、千曲市から南は飯田市までの県議さん7名(小島県議さん、荒井県議さん、小林県議さん、高島県議さん、続木県議さん、中川県議さん、熊谷県議さん)が、県の南西部にある本校を訪問してくださいました。
様々な進路を目指し、様々な教科を学ぶ高校生が、しかも都市部ではない中山間地の高校で学ぶ高校生が、コロナの臨時休校をのりこえてどのような学びを積み重ねたのかを、じかに現場の教員や生徒と対話したいというのが、訪問の趣旨です。世の中の注目からこぼれおちてしまうかもしれない、しかし実は世の中の高校生の“ふつうの姿”を体現しているかもしれない本校の学びを、見に来てくださったのです。
第2波による臨時休校への備えとして何が必要なのか、豪雨の防災・危機管理のために何が必要なのかということについても深い対話をさせていただきました。ちょうど同じ時間帯にZoomホームルームをやっていたので、その様子も見ていただいたり、生徒会長の伊藤さんの意見発表を聞いていただいたりもしました。
これは私にとっても、同席した本校の教員たちにとって(そして生徒会長の伊藤さんにとっても)、本当にうれしいことでした。コロナと豪雨の日々の中で私たちが積み重ねてきた、小さな高校の大きな喜び、膨大な試行錯誤、未来への抱負といったものについて、県議さんお一人お一人がとても丁寧に耳を傾けていただき、そしてお一人お一人からたくさんの温かな提言をいただいたのです。
折しもコロナ第2波の足音がいよいよ高くなってきています。私たちにとって、今日が次のステージに向かう節目になるように思います。
実は5月の臨時休校中に、地元選出の大畑県議さん(自民党会派)にも本校にお越しいただき、コロナ臨時休校の真っただ中で本校が何に努力し、何を成果としてつかみつつあるのかについて、いち早く耳を傾けていただき、温かな提言をいただいています。(当時は県議会直前ということもありブログでの報告を自粛していました。)
木曽・中津川の子どもたちにとって本当に意味のあるコロナ時代の教育支援とは何かについて考えていかなければならないという、大畑県議さんの熱い思いを伺い、どれほど励まされたことでしょう。
対話は、前に進む元気を与えてくれる。このことを実感しています。

「学校評議員会での対話」
Posted by 蘇南高等学校長.
2020年07月27日20:21
今日は、第1回学校評議員会を午後に開催しました。
お忙しい中、樋口同窓会長さん、伊藤商工会長さん、小倉産振会長さん、伊藤南木曽町教育長さん、上田南木曽中学校長さん、伊藤さん(本校PTA代表)、安部さん(中学PTA代表)の皆様、授業見学から学校報告、討論にいたる2時間のおつきあいをしていただき、誠にありがとうございました。
授業見学をしていただいた時間帯は、3年生2クラスを6展開していました。それぞれの志望に合わせた個別最適化がはかられている時間割なので、物理の授業は、2人の生徒に先生が1人(!)。
完全に対話をしながら展開する授業でした。
学校評議員会では、三つのテーマにしぼって評議員の皆さんからご意見を頂戴しました。「地域でよりいきいきと学ぶための方策とは」「地域の発展につながる教育とは」「中学生がより行きたいと思える高校とは」というテーマについて、とても実り多い対話をすることができました。
当然ながら、ここには「私たちが住んでいるこの地域をどのような世界として認識するのか」とか「私たちがこれからの望ましい生き方をどのように展望するのか」という根源的な問題意識が関係してきます。やはりこのようなことを真剣に対話し合うことから教育は始まるのだとあらためて実感しました。
今日、話し合ったことは、私自身が、ここ南木曽で、どのように生きていくのかにつながってくる問題意識です。私はここ南木曽で教育という仕事をしながら、日本社会全体に向かって自分の教育実践とか歴史学研究の成果を発信して、広く深い対話の波紋を創造していきたいと思っています。それは「田舎であっても頑張る」という意識ではなくて、「文化の交差点のようなこの地域で世界有数の文化実践に出会いながら生きている」ことの恵みだと考えています。
そんな実感を生徒と共有したいと、あらためて思った学校評議員会でした。
お忙しい中、樋口同窓会長さん、伊藤商工会長さん、小倉産振会長さん、伊藤南木曽町教育長さん、上田南木曽中学校長さん、伊藤さん(本校PTA代表)、安部さん(中学PTA代表)の皆様、授業見学から学校報告、討論にいたる2時間のおつきあいをしていただき、誠にありがとうございました。
授業見学をしていただいた時間帯は、3年生2クラスを6展開していました。それぞれの志望に合わせた個別最適化がはかられている時間割なので、物理の授業は、2人の生徒に先生が1人(!)。
完全に対話をしながら展開する授業でした。
学校評議員会では、三つのテーマにしぼって評議員の皆さんからご意見を頂戴しました。「地域でよりいきいきと学ぶための方策とは」「地域の発展につながる教育とは」「中学生がより行きたいと思える高校とは」というテーマについて、とても実り多い対話をすることができました。
当然ながら、ここには「私たちが住んでいるこの地域をどのような世界として認識するのか」とか「私たちがこれからの望ましい生き方をどのように展望するのか」という根源的な問題意識が関係してきます。やはりこのようなことを真剣に対話し合うことから教育は始まるのだとあらためて実感しました。
今日、話し合ったことは、私自身が、ここ南木曽で、どのように生きていくのかにつながってくる問題意識です。私はここ南木曽で教育という仕事をしながら、日本社会全体に向かって自分の教育実践とか歴史学研究の成果を発信して、広く深い対話の波紋を創造していきたいと思っています。それは「田舎であっても頑張る」という意識ではなくて、「文化の交差点のようなこの地域で世界有数の文化実践に出会いながら生きている」ことの恵みだと考えています。
そんな実感を生徒と共有したいと、あらためて思った学校評議員会でした。

岡田先生の詩集
Posted by 蘇南高等学校長.
2020年07月22日19:57
本校の非常勤講師として地歴公民科の授業を教えてくださっている、岡田政晴先生は、元中学校の校長先生であり、南木曽町の教育長職務代理者の要職にも就いておられます。
このたび、岡田先生が『空飛ぶ鳥のように 野に咲く花のように』(ほおずき書籍、1800円+税)という詩集を上梓されました。すでに何冊もの著書のある先生ですが、今回の詩集は、「日本の近・現代の歴史を傍らにおいて、私の60数年間の瑣末な人生体験を重ね合わせながら叙事的・叙情的かつ自伝的に詩をつくってみた」(「詩作を終えて」より)ものなのだと、おっしゃいます。
南木曽町の自然豊かな柿其(かきぞれ)で育ち、蘇南高校で学んだ「少年の章」、早稲田大学に進学して働きながら学び、政治の季節のなかで詩作に夢中になった「東京の章」にはじまり、「家族の章」「故郷の章」「教育の章」「人間の章」「時代の章」というように、人生の折々の思索と実践が、詩とは「魂の源流を言葉に化しそれに生命を与えた祈り」であるという先生の詩歌観そのままに、祈りの言葉のように綴られています。
「人間の章」に「木曽の円空」という詩が収録されています。木曽川の大洪水で母を失った円空が、木曽川をさかのぼって木曽谷の岩窟に至り、木っ端を持って仏像を彫ります。そして母を弔うために生涯12萬体の仏像を彫ることを発願します。そして乞食坊主と呼ばれながら、一宿一飯を求めて放浪し、庶民のなかで生きていきます。そんな円空の生涯を描いた岡田先生の詩は、こう結ばれています。
木曽の円空
(……)
病に伏せる童子のために小さな木の仏像を彫り握らせる
小さな煤けた仏壇に置かれ円空像に百姓は節くれ立った手を合わせる
厨房に置かれた韋駄天は火から館を守る
やがて円空像は童子の遊び道具になって投げられ蹴られる
円空像は災難とも思わず童子と一緒に遊ぶ
風呂の薪となって火の中に焼(く)べられる
今も仏壇の奥に人知れず静かに横たわる円空像は人々を見守る
この岡田先生の詩を読んで、私は心がふるえる思いがしました。この詩のなかの「円空像」は、人間存在そのものだと思ったのです。
岡田先生が、これからもお元気に素敵な詩作を続けられることを、私は心の中の円空像に祈ります。
このたび、岡田先生が『空飛ぶ鳥のように 野に咲く花のように』(ほおずき書籍、1800円+税)という詩集を上梓されました。すでに何冊もの著書のある先生ですが、今回の詩集は、「日本の近・現代の歴史を傍らにおいて、私の60数年間の瑣末な人生体験を重ね合わせながら叙事的・叙情的かつ自伝的に詩をつくってみた」(「詩作を終えて」より)ものなのだと、おっしゃいます。
南木曽町の自然豊かな柿其(かきぞれ)で育ち、蘇南高校で学んだ「少年の章」、早稲田大学に進学して働きながら学び、政治の季節のなかで詩作に夢中になった「東京の章」にはじまり、「家族の章」「故郷の章」「教育の章」「人間の章」「時代の章」というように、人生の折々の思索と実践が、詩とは「魂の源流を言葉に化しそれに生命を与えた祈り」であるという先生の詩歌観そのままに、祈りの言葉のように綴られています。
「人間の章」に「木曽の円空」という詩が収録されています。木曽川の大洪水で母を失った円空が、木曽川をさかのぼって木曽谷の岩窟に至り、木っ端を持って仏像を彫ります。そして母を弔うために生涯12萬体の仏像を彫ることを発願します。そして乞食坊主と呼ばれながら、一宿一飯を求めて放浪し、庶民のなかで生きていきます。そんな円空の生涯を描いた岡田先生の詩は、こう結ばれています。
木曽の円空
(……)
病に伏せる童子のために小さな木の仏像を彫り握らせる
小さな煤けた仏壇に置かれ円空像に百姓は節くれ立った手を合わせる
厨房に置かれた韋駄天は火から館を守る
やがて円空像は童子の遊び道具になって投げられ蹴られる
円空像は災難とも思わず童子と一緒に遊ぶ
風呂の薪となって火の中に焼(く)べられる
今も仏壇の奥に人知れず静かに横たわる円空像は人々を見守る
この岡田先生の詩を読んで、私は心がふるえる思いがしました。この詩のなかの「円空像」は、人間存在そのものだと思ったのです。
岡田先生が、これからもお元気に素敵な詩作を続けられることを、私は心の中の円空像に祈ります。

「どんなことがあってもそばにいる」
Posted by 蘇南高等学校長.
2020年07月17日22:31
蘇峡祭の2日めが全日程を終了しました。
3年生の保護者の皆さんにのみ体育館ギャラリーから見学していただくという、限定公開のステージ発表でした。軽音楽部、音楽部、各クラスからの発表(本校では個性披露大会と呼んでいます)が次々と繰り出されます。
クラス発表なんて、どう考えても間に合わないだろうと思っていたのですが、ダンス・映画・コントなど、創意工夫を凝らしたステージに感心させられます。ステージ発表にあたっては、互いに1メートル離れ、前を向いてのみ発話し、ステージと客席は3メートル以上離すという原則を、みんなが守りました。
幕間に、教員の「個性披露大会」参加として、鷹野先生・竹岡先生の漫才が登場。(登場前の緊張ぶりに私まで緊張したのですが)会場の笑いをうまく引き出して、やりきりました。そして教員から生徒へのメッセージ動画が流されました。担任、クラブ顧問ひとりひとりが生徒たちにメッセージを送ったのです。「先生ありがとうアルバム」の返事です。
実は、これ、豪雨の臨時休校中に先生たちが、生徒を驚かせようと作成したもので、臨時休校の見事な活用例。私はノータッチで、先生たちの自主制作です。
登場する先生たちは口々に、生徒を讃えます。よくここまで頑張った、あなたたちはコロナをはねかえした、と。メッセージを発しているうちに感情があふれそうになって、言葉につまる。そして最後に教員から生徒たちへのテロップ。
「どんなことがあってもそばにいる」
そして閉祭式、後夜祭と進行して、いよいよ最後の花火の時間帯へ。昨晩、今朝と南木曽町の有線放送で、「地域の方々への感謝の思いを込めて打ち上げます」と宣伝していただいていたのですが、終日の雨に加え、夜のはじめは晴れると言っていた天気予報も、午後になると「ずっと雨」の内容に…。万事休すと思ったら、後夜祭が終わって生徒が外に出てみると、なんと雨がやみ、一瞬の晴れ間が!
盛大に花火が上がり、生徒たちは文化祭をやりきったのでした。
3年生の保護者の皆さんにのみ体育館ギャラリーから見学していただくという、限定公開のステージ発表でした。軽音楽部、音楽部、各クラスからの発表(本校では個性披露大会と呼んでいます)が次々と繰り出されます。
クラス発表なんて、どう考えても間に合わないだろうと思っていたのですが、ダンス・映画・コントなど、創意工夫を凝らしたステージに感心させられます。ステージ発表にあたっては、互いに1メートル離れ、前を向いてのみ発話し、ステージと客席は3メートル以上離すという原則を、みんなが守りました。
幕間に、教員の「個性披露大会」参加として、鷹野先生・竹岡先生の漫才が登場。(登場前の緊張ぶりに私まで緊張したのですが)会場の笑いをうまく引き出して、やりきりました。そして教員から生徒へのメッセージ動画が流されました。担任、クラブ顧問ひとりひとりが生徒たちにメッセージを送ったのです。「先生ありがとうアルバム」の返事です。
実は、これ、豪雨の臨時休校中に先生たちが、生徒を驚かせようと作成したもので、臨時休校の見事な活用例。私はノータッチで、先生たちの自主制作です。
登場する先生たちは口々に、生徒を讃えます。よくここまで頑張った、あなたたちはコロナをはねかえした、と。メッセージを発しているうちに感情があふれそうになって、言葉につまる。そして最後に教員から生徒たちへのテロップ。
「どんなことがあってもそばにいる」
そして閉祭式、後夜祭と進行して、いよいよ最後の花火の時間帯へ。昨晩、今朝と南木曽町の有線放送で、「地域の方々への感謝の思いを込めて打ち上げます」と宣伝していただいていたのですが、終日の雨に加え、夜のはじめは晴れると言っていた天気予報も、午後になると「ずっと雨」の内容に…。万事休すと思ったら、後夜祭が終わって生徒が外に出てみると、なんと雨がやみ、一瞬の晴れ間が!
盛大に花火が上がり、生徒たちは文化祭をやりきったのでした。

「蘇峡祭の幕があがる」
Posted by 蘇南高等学校長.
2020年07月16日20:56
蘇峡祭が、コロナ対策のために校内祭という異例の形ですが、幕をあけることができました。
開祭式の校長挨拶にて「ブリコラージュ賞」の表彰式を行い、表彰状と副賞のQuoカードを授与しました。全校生徒による「先生ありがとうアルバム」をまとめてくれた、3-A石山さんには、私からこう伝えました。
「あなたは未来にもきっと素敵なアルバムを作って誰かを励ますだろう。だから36色のパステルセットを贈ります。」
満場の拍手。次に協力してくれた全校生徒に副賞を伝えます。
「そして全校の皆さん、『先生ありがとうアルバム』にこたえるためには、私たちはQuoカードではなく、行動で皆さんを『愛する』 ことをしたい。そこで、豪雨の臨時休校でなくなってしまった授業を、8月後半から9月にかけて土曜日などを使って復活させます。以上が、皆さんへの副賞です。」
一瞬、会場が静まり返る。複数の3年生から「ありがとう!」(やけになっていた)の叫び声とどよめき。
全校生徒が「産業社会と人間」や「総合的な学習の時間」で取り組んだ研究を展示しました。コロナ臨時休校をのりこえて、よくここまでやったものだと感心。一般公開こそできなかったのですが、生徒同士でしっかり見て回ろうと、生徒たちは感想用紙に記入しながら、友人の研究に見入っていました。(こういう学びをきちんとするところが蘇南生の誠実なところ。)
ステージでは、全校レクとか、部活動企画が盛り上がりました。特に部活動企画は、インターハイ予選も代替大会も失ってしまった3年生に、「やりきって終わる」区切りをつくるために、それぞれの培った力を全校生徒の前で発揮することができる企画でした。
蘇峡祭の今年のテーマは「青春と一瞬」です。かけがえのない「一瞬」を楽しんでいる生徒たちでした。
蘇峡祭は、明日に続きます。
開祭式の校長挨拶にて「ブリコラージュ賞」の表彰式を行い、表彰状と副賞のQuoカードを授与しました。全校生徒による「先生ありがとうアルバム」をまとめてくれた、3-A石山さんには、私からこう伝えました。
「あなたは未来にもきっと素敵なアルバムを作って誰かを励ますだろう。だから36色のパステルセットを贈ります。」
満場の拍手。次に協力してくれた全校生徒に副賞を伝えます。
「そして全校の皆さん、『先生ありがとうアルバム』にこたえるためには、私たちはQuoカードではなく、行動で皆さんを『愛する』 ことをしたい。そこで、豪雨の臨時休校でなくなってしまった授業を、8月後半から9月にかけて土曜日などを使って復活させます。以上が、皆さんへの副賞です。」
一瞬、会場が静まり返る。複数の3年生から「ありがとう!」(やけになっていた)の叫び声とどよめき。
全校生徒が「産業社会と人間」や「総合的な学習の時間」で取り組んだ研究を展示しました。コロナ臨時休校をのりこえて、よくここまでやったものだと感心。一般公開こそできなかったのですが、生徒同士でしっかり見て回ろうと、生徒たちは感想用紙に記入しながら、友人の研究に見入っていました。(こういう学びをきちんとするところが蘇南生の誠実なところ。)
ステージでは、全校レクとか、部活動企画が盛り上がりました。特に部活動企画は、インターハイ予選も代替大会も失ってしまった3年生に、「やりきって終わる」区切りをつくるために、それぞれの培った力を全校生徒の前で発揮することができる企画でした。
蘇峡祭の今年のテーマは「青春と一瞬」です。かけがえのない「一瞬」を楽しんでいる生徒たちでした。
蘇峡祭は、明日に続きます。

「ブリコラージュ賞、勢揃い」
Posted by 蘇南高等学校長.
2020年07月15日21:23
いよいよ明日から蘇峡祭です。今日は、一日中、準備の日でした。生徒が活発に動いて学校が文化祭色に彩られていきます。これですよ、高校はこうじゃなくちゃ…と感無量。(いや、まだ天気予報が二転三転しているので、油断禁物です。)
展示発表には、臨時休校中の生徒の自主的な学びを応募した「ブリコラージュ賞」の部屋があります。15作品が応募され、数えてみると72名が何がしかの作品に関わっています。実に全校生徒の40%。これに加えて、「先生ありがとうアルバム」には全校生徒が関わっています。
すべての応募作品に、A4版1枚の私からの評価が書きこまれた表彰状を作成しました。1枚1枚すべて内容が違います。(この前の日曜日は、この作成に1日がかりでした。)
明日は、蘇峡祭開祭式の校長挨拶で、最優秀賞などを発表し、表彰状と副賞を贈ります。
「先生ありがとうアルバム」に関わった全校生徒への副賞も用意しました。
先生たちは生徒に対抗してステージ発表の準備をしています。みんな大忙し。
さあ、幕があがります。
展示発表には、臨時休校中の生徒の自主的な学びを応募した「ブリコラージュ賞」の部屋があります。15作品が応募され、数えてみると72名が何がしかの作品に関わっています。実に全校生徒の40%。これに加えて、「先生ありがとうアルバム」には全校生徒が関わっています。
すべての応募作品に、A4版1枚の私からの評価が書きこまれた表彰状を作成しました。1枚1枚すべて内容が違います。(この前の日曜日は、この作成に1日がかりでした。)
明日は、蘇峡祭開祭式の校長挨拶で、最優秀賞などを発表し、表彰状と副賞を贈ります。
「先生ありがとうアルバム」に関わった全校生徒への副賞も用意しました。
先生たちは生徒に対抗してステージ発表の準備をしています。みんな大忙し。
さあ、幕があがります。

「それをプラスにすればいい」
Posted by 蘇南高等学校長.
2020年07月14日21:00
本日7月14日(火)は午前中が大雨だったため、生徒たちを自宅待機とし、午後1時からの授業開始としました。雨雲が予想よりも少しずれたために結果的には雨の降り方も一時的なもので済みましたが、その分、私の自宅のある飯田・下伊那のほうが豪雨になってしまったのですから、心が痛みます。
明後日からいよいよ蘇峡祭です。こんなに困難続きの文化祭というのは、私も初めての経験です。
この状況下で文化祭の陣頭指揮をとっている、蘇峡祭実行係長の長岡さん(3年A組)と校長室で対話をしました。
――蘇峡祭をどんな文化祭にしたいのですか?
長岡さん 「自分にとって高校生活のメイン・イベントです。この文化祭をとおして僕たちはお互いに色んな人たちと関わります。そんな自分が出会った友人たちに『ありがとう』と言える文化祭にしたい。そして親や地域の方々にも『ありがとう』と言える文化祭にしたいです。」
――そのためにどんな努力をしていますか?
長岡さん 「文化祭が当日だけのイベントにならないようにしたいと思ってやってきました。準備段階からみんなの期待が高まって、本番に向かうような文化祭にしよう。そのためには、『あの人たちがこれだけ頑張っているんだから、自分も頑張ろう』と全校のみんなに思ってもらえるように、まず自分から頑張ろうと思ってやってきました。」
――でも、コロナに豪雨に、次々と困難が続いています。
長岡さん 「困難は受けとめるしかないです。それをプラスにすればいい。」
――仲間たちにひとことメッセージを。
長岡さん 「去年に比べて盛り上がる場面が少なくなってしまうけど、それでも文化祭が出来ることに感謝して、一生懸命やろう。やりきった感をもって終わろう。…そう言いたいです。」
長岡さんと対話をしていて、あらためて気づきました。コロナ禍によって全国の高校生が奪われたものが、「やりきった感をもって終わる」という人生の喜びなのです。これって、なくても生きていけるかもしれない。でもやっぱり「やりきった感をもって終わる」ことは、大切な記憶となって、未来の自分の心を支えていくと思うのです。本校はこれを何が何でも守らねばなりません。
さて、いよいよ明後日から蘇峡祭です。どうか線状降水帯が日本列島にかかりませんように!
明後日からいよいよ蘇峡祭です。こんなに困難続きの文化祭というのは、私も初めての経験です。
この状況下で文化祭の陣頭指揮をとっている、蘇峡祭実行係長の長岡さん(3年A組)と校長室で対話をしました。
――蘇峡祭をどんな文化祭にしたいのですか?
長岡さん 「自分にとって高校生活のメイン・イベントです。この文化祭をとおして僕たちはお互いに色んな人たちと関わります。そんな自分が出会った友人たちに『ありがとう』と言える文化祭にしたい。そして親や地域の方々にも『ありがとう』と言える文化祭にしたいです。」
――そのためにどんな努力をしていますか?
長岡さん 「文化祭が当日だけのイベントにならないようにしたいと思ってやってきました。準備段階からみんなの期待が高まって、本番に向かうような文化祭にしよう。そのためには、『あの人たちがこれだけ頑張っているんだから、自分も頑張ろう』と全校のみんなに思ってもらえるように、まず自分から頑張ろうと思ってやってきました。」
――でも、コロナに豪雨に、次々と困難が続いています。
長岡さん 「困難は受けとめるしかないです。それをプラスにすればいい。」
――仲間たちにひとことメッセージを。
長岡さん 「去年に比べて盛り上がる場面が少なくなってしまうけど、それでも文化祭が出来ることに感謝して、一生懸命やろう。やりきった感をもって終わろう。…そう言いたいです。」
長岡さんと対話をしていて、あらためて気づきました。コロナ禍によって全国の高校生が奪われたものが、「やりきった感をもって終わる」という人生の喜びなのです。これって、なくても生きていけるかもしれない。でもやっぱり「やりきった感をもって終わる」ことは、大切な記憶となって、未来の自分の心を支えていくと思うのです。本校はこれを何が何でも守らねばなりません。
さて、いよいよ明後日から蘇峡祭です。どうか線状降水帯が日本列島にかかりませんように!

「当たり前だと思ってきたことは、決して当たり前じゃない」
Posted by 蘇南高等学校長.
2020年07月13日22:00
今日、7月13日(月)は、文化祭準備も含めてすべての日程を予定通り行うことができました。
この当たり前のことができることの何という幸せ。
先週は月曜日に授業打ち切りで火曜日から木曜日までが休校、土曜日も登校禁止…と豪雨の直撃を受け続けています。
お互いに語り合って元気になろう…と、朝一番に、生徒会副会長の尾上さんと校長室で対談をしました。
――コロナ臨時休校は、どのように過ごしていましたか?
尾上さん「バレー部のインターハイ予選がなくなってしまったことが、とにかくやるせなくて、言葉にできないくらいの悔しい思いに明け暮れていました。バレー部は自分たちでたちあげた部活です。最初は、練習試合はすべて負け。でも一生懸命練習した結果、次第に勝てるようになってきた。一歩一歩、自分たちで作り上げた部活、それが誇りです。だから悔しい思いの中で、顧問の先生にも励まされて、これで終わるわけにはいかないと、次第に思うようになりました。」
――コロナの次は豪雨の連続休校に直面しているのですが、どう乗り越えますか?
尾上さん「まず、休校中は、家で出来ることもたくさんあるので、それをお互いにLINEで連絡をとりあいながら、とにかくコミュニケーションをとって、開閉祭式のムービー編集など家で出来ることを一生懸命やっていました。登校できた時には、とにかく一人一人の意識が大切で、限られた時間を大切にしていこうとやっています。」
――蘇峡祭にどんな思いを込めますか?
尾上さん「『文化祭って当たり前のことじゃないんだよ』ということを全校のみんなにメッセージとして出していきたいと思っています。今回のコロナの経験で、つくづく思いました。当たり前だと思ってきたことは、決して当たり前じゃない。どれほど大切なもので、どれほど実現することが大変か…。そして文化祭をきちんとなしとげていることを地域の皆さんに見せることで、地域の皆さんに元気を贈れるようにしたいと思っています。」
臨時休校の間にも生徒会執行部は、家で必死に準備を進めていたのですね。当たり前だと思っていたことが、決して当たり前ではなかった。このことを今年の文化祭の根底に据えようとしている尾上さんに、私は心から共感しました。
そして私から尾上さんへのメッセージ。
「そのことに気付いた人間は、大きな力を発揮できると思うよ!」
この当たり前のことができることの何という幸せ。
先週は月曜日に授業打ち切りで火曜日から木曜日までが休校、土曜日も登校禁止…と豪雨の直撃を受け続けています。
お互いに語り合って元気になろう…と、朝一番に、生徒会副会長の尾上さんと校長室で対談をしました。
――コロナ臨時休校は、どのように過ごしていましたか?
尾上さん「バレー部のインターハイ予選がなくなってしまったことが、とにかくやるせなくて、言葉にできないくらいの悔しい思いに明け暮れていました。バレー部は自分たちでたちあげた部活です。最初は、練習試合はすべて負け。でも一生懸命練習した結果、次第に勝てるようになってきた。一歩一歩、自分たちで作り上げた部活、それが誇りです。だから悔しい思いの中で、顧問の先生にも励まされて、これで終わるわけにはいかないと、次第に思うようになりました。」
――コロナの次は豪雨の連続休校に直面しているのですが、どう乗り越えますか?
尾上さん「まず、休校中は、家で出来ることもたくさんあるので、それをお互いにLINEで連絡をとりあいながら、とにかくコミュニケーションをとって、開閉祭式のムービー編集など家で出来ることを一生懸命やっていました。登校できた時には、とにかく一人一人の意識が大切で、限られた時間を大切にしていこうとやっています。」
――蘇峡祭にどんな思いを込めますか?
尾上さん「『文化祭って当たり前のことじゃないんだよ』ということを全校のみんなにメッセージとして出していきたいと思っています。今回のコロナの経験で、つくづく思いました。当たり前だと思ってきたことは、決して当たり前じゃない。どれほど大切なもので、どれほど実現することが大変か…。そして文化祭をきちんとなしとげていることを地域の皆さんに見せることで、地域の皆さんに元気を贈れるようにしたいと思っています。」
臨時休校の間にも生徒会執行部は、家で必死に準備を進めていたのですね。当たり前だと思っていたことが、決して当たり前ではなかった。このことを今年の文化祭の根底に据えようとしている尾上さんに、私は心から共感しました。
そして私から尾上さんへのメッセージ。
「そのことに気付いた人間は、大きな力を発揮できると思うよ!」

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