「オリンピック・パラリンピックのポスターが語りかける」

 今月の校長室ギャラリーは、日本画家の山口晃さんが手がけたオリンピック・パラリンピックのポスターを額装して展示しました。
 私は以前から山口さんの作品やエッセイのファンなのですが、『朝日新聞』2月14日朝刊にもこのポスターが注目を集めていると報道されています。

 中央には車輪付きの馬に乗る女性が、口と足を使ってアーチェリーの矢を引いています。鳥瞰する日本の風景には、よく見ると放射性廃棄物を想像させる黒のフレコンバッグが点在し、彼方には福島第一原子力発電所らしい建物が見えます。
 現代日本の華やかさと苦悩をともに描き出しながら、懸命に競技に挑む人間を図案化しているのでした。

 『朝日新聞』に紹介されている山口さんのことばを、そのまま校長室ギャラリーにも掲示しています。

――一番弱い者が死なずにすむために社会というのはある。
  人は忘れっぽい。
  オリパラなどは思い出す機会だ。
  復興五輪、アンダーコントロールなど忘れてはいまいか。

「端っこから反対と言っても祭りにかき消される。だったら、祭りの真ん中で声をあげようと」ポスター制作を決断したと、山口さんは語っています。山口さんらしいことばです。

 破格のポスターが制作されたのだということを、本校の生徒たちに知ってもらいたくて、校長室の入り口に展示することにしました。
 「一番弱い者が死なずにすむために社会というのはある」ということばを、この絵を見ながらかみしめてほしいと思っています。(投稿すると画像が横倒しに表示されてしまうので、お許しください。)
 
「オリンピック・パラリンピックのポスターが語りかける」