「個別最適な学びというキーワードを改めて考える」

 今日から本校は、第2回定期考査が始まりました。廊下から教室をのぞくと、答案用紙にむかって懸命に鉛筆を動かしている生徒たちの姿が印象的です。

 今日の夜は、私が毎週参加している全国の先生方とのオンライン対話の公開ウェビナーが開かれました。題して「『個別最適な学び』とは何か」。主催は「生徒の気づきと学びを最大化するプロジェクト」。
 小村さん、後藤さん、前田さん、堀内さん、川澄さんという旧知の論客が、経済産業省や文部科学省がこれからの教育のあり方のキーワードとして強調する「個別最適な学び」について、多角的に論じあう、とっても刺激的な公開対話集会でした。

 皆さんの問題意識として共通していたのは、「自分にとって最適な学びは何か」を生徒自身が考え、創造していくことの大切さです。
 確かに一斉講義形式の授業では生徒の「困り感」が放置されがちでした。しかし、テクノロジーの進歩により、AIが自動的に生徒にふさわしい問題を与えて、答え合わせをして、解説をしてくれるようになったとしても、それはテクノロジーのベッドのサイズに生徒を合わせているのです。生徒を学びのブロイラーにしてはいけない。

 今日の対話に(聞くという立場で)参加して共感したのは、「個別最適な学び」というのは教える側の永遠の目標なのだけど、最終的に「個別最適な学び」を創造していくのは、生徒でなければならないということ。
 どのように学ぶかの自分の創意工夫なくして、創造的に学んだとは言えないだろう。

 そのためには効率性とセットになった個別最適な学びだけでなく、まわりみちや試行錯誤とセットになった人間くさい個別最適な学びへの努力が必要なのでしょう。
「個別最適な学びというキーワードを改めて考える」