「ノーベル文学賞作家からのメッセージ」

 『アレクシエーヴィチとの対話』(岩波書店)という話題の本を読みました。
 ベラルーシの作家、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチが2015年にノーベル文学賞を受賞したときのスピーチや、NHKのインタビュー、東京外国語大学で行った講演などの記録です。

 アレクシエーヴィチは、私の特に敬愛する作家です。彼女は、ソ連時代の戦争やソ連崩壊後の社会の混乱を、人々への徹底したインタビューを積み重ねることで描き出しました。政治家や指導者ではなく、普通の人々(彼女の表現では「小さき人々」)の歴史経験を描くことで、歴史の本質に迫ろうとするのが、彼女の文学の特徴です。

 代表作『チェルノブイリの祈り』の中に、チェルノブイリ原子力発電所事故の消火活動にあたった消防士が被曝して重篤な状態になり、見舞う妻を周囲の人々が押しとどめる場面があります。アレクシエーヴィチは妻へのインタビューの記録として、こう書いています。

――私が「愛してるの」と言っても、「もうあなたの言う愛する人じゃない。除染しなければならない物体なんだ、わかるでしょう」と私を説得しようとします。私は同じことを何度もくり返していました。「愛してるの」「愛してるの」って。

 チェルノブイリの事故の原因、被害の数値といった教科書風の説明よりも、彼女の作品に出てくる「小さな人々」の叫びのほうが、事件の意味について深く考えさせてくれます。

 実は、ノーベル文学賞を受賞するより前のことですが、来日したアレクシエーヴィチの前で、私が顧問をしていた松本深志高校演劇部が『チェルノブイリの祈り』の朗読劇をしたことがあります。幕がおりた後、彼女は『チェルノブイリの祈り』の扉に、私にあててメッセージを書いてくれました。
 未来を守るために教育はある、と。

「ノーベル文学賞作家からのメッセージ」